大判例

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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)10510号 判決

原告 武蔵株式会社

右代表者代表取締役 小林一男

右訴訟代理人弁護士 緒方勝蔵

右同 山口博久

被告 孝仁洙

右訴訟代理人弁護士 金野繁

右同 橋本紀徳

右橋本訴訟復代理人弁護士 宇津泰親

右同 白石光征

主文

被告は原告に対し金六五九、二三〇円およびこれに対する昭和三九年一一月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告。「被告は原告に対し金三、七六八、一九四円およびこれに対する昭和三九年一一月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言。

二、被告。「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告が昭和三八年八月二日被告からその所有にかかる本件土地五四・三七坪を代金一、〇六〇、〇〇〇円で買受けたこと、本件土地が原告主張の形状をなし、その北側境界線に沿う幅四尺五寸、奥行一一間五尺の部分約八・八坪には市街地建築物法第七条但書にもとづき、警視庁告示第五〇七四号により建築線が指定されていたことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すれば、本件土地の前記部分とともに、北側境界線を中心線として右境界線の北側隣地の幅四尺五寸の部分をもあわせて合計九尺の幅の建築線が前記告示により指定されていたことが認められ、これに反する証拠はない。

右建築線の指定の根拠となっていた市街地建築物法は昭和二五年一一月二三日建築基準法が施行されると同時に廃止されたが、東京都知事は建築基準法第四二条二項にもとづき、昭和二五年一一月二八日東京都告示第九五七号をもって、さらに同告示を全面的に改正した昭和三〇年七月三〇日東京都告示第六九九号をもっていずれも、市街地建築物法第七条但書により指定された建築線で、その間の距離が一・八メートル以上四メートル未満のものを建築基準法第四二条二項による道路に指定した。したがって前記本件土地の北側境界線を中心線とする幅九尺の建築線の指定のあった部分は右各告示により建築基準法四二条二項の道路に指定されたことになり、同法四二条二項、第四四条一項によれば、本件土地の北側境界線から幅二メートルの部分には道路として建物または敷地を造成するための擁壁の建築、築造が禁止されている。本件土地にこのような道路に指定された部分のあることは土地の通常の利用を阻害するものであって本件売買の目的物の瑕疵というべきである。

三、右本件土地の瑕疵が隠れたものであるかにつき判断する。

原告が本件売買契約締結当時右建築線ないし道路指定のあることを知っていた点についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

また被告は、原告に右建築線ないし道路指定のあることを知らなかった点につき、過失があったと主張する。

≪証拠省略≫を総合すれば、原告は倉庫を建築するための用地を求め、適当な用地の購入を山口嘉三に依頼したこと、山口は不動産仲介業者を通じて被告が本件土地を売却する意向であることを知り、原告より依頼された倉庫用地として適当であるかどうかを調べるため本件売買契約締結に先立ち、被告立ち会いのもとに本件土地を見分したこと、その当時本件土地上には被告の建築した建物が北側境界線から二尺位離れた線に沿って存在し、右建物の北側には建物にほとんど接して塀が設置されており、右塀から本件土地の北側境界線をはさんで隣地に約三尺余りの幅の一般人の通行し得る道があったこと、被告は山口に対し、右道は近隣の居住者が通行しているが、本件土地は当時の被告の建物のあるところまで建物の建築が可能であると述べ、本件土地の北側境界線の西基点を指示したこと、被告は当時本件土地に前記建築線ないし道路指定のあることを知らなかったこと、山口は本件売買契約締結以前に不動産仲介業者に本件土地に用益権その他特別の建築制限があるかを尋ねたところそのようなものは存在せずすでに廃道になっている旨の報告を受けていたのでそれ以上の調査はしなかったことが認められ、≪証拠省略≫中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら以上の認定の諸事情のもとでは右のように本件土地の北側境界線に沿ってその両側に一般人の通行できる道があることから直ちに右土地部分に何らかの用益権ないし行政上の建築制限があるやも知れないことを推測し、関係官庁に当って特別の調査をすべき義務があったものとはいいきれない。他に原告に過失があったことを認めるに足りる証拠はない。したがって前記道路指定のあることは本件売買契約についての本件土地の隠れた瑕疵というべきである。

四、民法第五七〇条にもとづき売主が賠償すべき損害は、買主が売買の目的物に瑕疵がないことを信頼したために生じたいわゆる信頼利益の損害であって、かつ同法第四一六条の類推により相当な因果関係を有するものに限られると解すべきところ、売買契約を解除しない場合に通常生ずる損害は買主が支払うべき代金額から売買契約当時における売買の目的物の客観的取引価格を控除した残額であるが、その余の信頼利益についても、売主が損害の発生を予見することが可能であった場合には同条二項を類推し、売主の賠償義務が認められる。

そこで原告主張の各損害について判断する。

1、本件売買契約における本件土地の一坪当りの代金額は金一九四、九六〇円であり、他に何ら特別の事情が認められない本件においては、右金額が、前記道路指定がないとした場合の本件土地一坪当りの当時の客観的取引価格とみるのが相当である。

前示のとおり建築制限あることと≪証拠省略≫中本件土地を原告から買受け、これを昭和四二年中に九七〇万円で他に売却した旨の証言および前示のとおり原告が本件土地を一〇六〇万円で買受けたことを総合すると、本件土地は建築制限があるため九〇万円の差額が生じていることが認められる。本件売買がなされたときから数年を経ているのであるから通常の場合は、物価の上昇等からみて、本件土地の価格もあがっていると推察されることを併せ考えると、本件土地は建築線があるために、すくなくとも九〇万円以上の価格の相違が本件売買当時あったものと推察される。

ところで右価格の相違は建築線のあることにより生ずるものであるところ、道路指定は境界線から二米巾、奥行一一間五尺の部分にあるのでこの面積一三坪につき道路指定のあることにより、生ずる相違であると推認される。

前示のとおり、道路指定のあるために九〇万円以上の価格の相違が生ずることは明らかであるが、本件全証拠によるもそれ以上といってもそれがどれだけになるかについては明らかでない。そうとすればすくなくとも九〇万円の相違が生ずるということだけは認められる。

ところで、原告は、右一三坪のうち八・八坪について代金減額部分を損害として主張するので右九〇万円に対する一三分の八・八の限度に於て損害額を計算すると六〇万九、二三〇円となる。

2、≪証拠省略≫を総合すれば、原告は本件売買契約締結後本件土地上に倉庫兼事務所用の延べ面積一七二・八〇平方メートルの鉄骨構造の二階建建物を建築すべく、豊田亥三郎に対し建築設計およびその建築確認申請を委任し、そのころ同人に対し建築確認申請のための費用として金五万円を支払うなどそれぞれのために費用を支出したこと、豊田は原告を代理して昭和三八年一二月七日建築主事に対して右建築すべき建物の建築確認申請を行ったが、建築主事から同月一〇日付をもって右申請は本件土地の道路指定部分があることと牴触するから確認できない旨の通知を受けたこと、原告はそのころ、右建築確認申請にかかる建物の建築工事を株式会社青木組に請負わせ、同会社はそのころ原告の指示により右建築工事にとりかかったが、基礎工事の段階で関係行政庁から工事の停止を命ぜられたこと、そのため原告は右建物の建築ができなかったことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

3、前記第三項認定の事情によれば、被告は、本件売買契約に際し原告が建物建築を目的として本件土地を買受けることを知っていたものと推認され、これに反する証拠はない。したがって前記認定の原告が建築設計および建築確認申請のためになした費用の支出は被告において当然予見し得るものであったというべく、被告は原告の右費用支出による損害を賠償すべき義務があるが、原告が右建築設計に支出した費用額については本件全証拠によるも明らかでないから結局この点に関する原告の主張は前記建築確認申請のために支出した金五〇、〇〇〇円の損害のみ理由があり、その余は理由がないことになる。

4、本件土地に前記認定の原告が建築しようとした建物を建築する場合には建築基準法第六条一項、五項によりあらかじめ建築主事に対して建築確認申請書を提出して当該建物の建築が法令に適合することの確認を得なければならず、右確認を受けないで工事をすることはできないとされている。そして、原告が本件土地の一部に道路指定がなされていることを知らないで建物の建築を計画しても、建築確認申請手続の段階で建築主事から道路指定土地の存在を指摘されるであろうことは明らかである。

しかるに原告は前記認定のとおり建築の確認を得ないまま株式会社青木組をして建築工事に着手させたのであるから、工事停止が命ぜられたことにより同会社の蒙った損害を原告が負担したとしても、右負担による原告の損害は原告が建築確認を得ないまま工事に着手したために生じたものというべく、本件売買契約に際して被告はこのようなことは予見出来るわけはなく本件隠れた瑕疵とは相当な因果関係にないというべきである。

五、よってその余について判断するまでもなく、原告の被告に対する本訴請求は前記代金減額分および建築確認申請分の各損害の合計額である金六五万九、二三〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三九年一一月二〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限って理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し仮執行の宣言の申立は相当でないから却下することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 渡辺卓哉 広田富男)

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